さらしなの中トロ丼きしめんセット

柳橋中央市場の朝は早い。たぶん早いと思う。早いんじゃないかな。ま、ちょっと覚悟はしておけ。
昼飯を食いにしか行ったことがない、そんな自分にとって柳橋中央市場というのは、活気よりも、スタッフロールが流れ終わった後の映画館のような気だるさが印象に残っている。

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名古屋駅桜通口から徒歩5分とかからない位置に市場があるとは、思ってもみなかったという方も多いだろうが、1本道を南に入れば、再開発された駅前とは少し違った空気が漂う。場内に入り、水洗いされたフロアに足元を気にしながら向かうのは「さらしな」だ。

店の幅いっぱいにかかったのれんの「そば　丼ぶり　きしめん」が目立つ。肉丼、卵丼、カレー丼にカツ丼、単品でもオーダーできるがやっぱりきしめんをセットで頼みたい。名古屋駅前というのは、意外なほどきしめんに縁がない。JR構内に食べに行くというのも面倒ではあるので、ここで食べられるのは嬉しい。

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さらしなの一押しといえば断然「天然中とろ丼」だ。金額的にはダントツトップのメニューではあるものの、数あるメニューから、この中とろ丼を頼んでしまう。なぜか。
まぐろ丼が売り切れているからである。筆者はかれこれ数年さらしなに通っているが、まぐろ丼が食べられたのはただ1度しかない。当初は当たり前のように「まぐろ丼」「売り切れです〜」「じゃあ中とろ丼」のムーブを繰り返したものだが、そのうち最初から中とろ丼を頼むようになってしまった。もちろん、ただ売り切れだから仕方なく注文しているわけではなく、一度中とろ丼を食べてしまったら「美味しいから、ちょっと高くても中とろ丼食べたい！」となってしまうのだ。
実は一度だけ「まぐろ丼っていつごろ売り切れるの？」と聞いたことがある。帰ってきたのは「いや、5時から営業してるので、さすがにこの時間では売り切れてまして」という、冷静に考えれば至極まっとうな理由だった。柳橋中央市場の朝は早いのだ。

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一文お高い中とろ丼ではあるが、実際食べてみると納得いく味わいなのだ。
好みはあろうが、暖かい白米の上にぐるりと厚切りの中とろが並ぶ。丼の中央、きざみ海苔の下には中落ちが隠れているのもたまらない。
中とろとご飯を箸で大振りにすくいとれば、大きな寿司を食べているような気持ちにもなる。食感はもちもちとして、まぐろの旨味がしっかり味わえる。ここでしか中とろを食べたことがない身としては「ほほう、これが中とろ……」とよくわからない感慨にふけってしまうのだ。先述した、一度だけ食べたまぐろ丼だが、実は「まぁ中とろ丼もまぐろ丼もそう変わらないだろう」と思っていたものの、口にしてみると明らかに違う。まぐろ丼が悪いわけではないのだが、程よく脂がのった濃厚な味わいともっちり感はまぐろ丼にはなく、なるほどこれが値段の差か、と納得した次第である。

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オーソドックスなきしめんは濃いめのつゆで、麺が進む。ねぎ、鰹節、かまぼこ。これだけ入っていれば十分だが、お好みで加える揚げ玉と七味がカウンターに据えられている。夏場はころきしめんでいただくのもOK。

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いつものように中とろ丼をかきこんでいると、隣の女性客が店員さんに話しかけている。
「まぐろ丼っていつも売り切れだけど、どうして？」
我々は閉店直前に食べにきているんだから、まぁ仕方ないじゃないですか。今なら余裕を持って言えるけど、気持ちはわかる。

話は変わるが、まぐろ丼食べたさに、平日の出社前に市場を訪れたことがある。
「まぐろ丼お願いします」
「あー。まだ準備できてないんですよ」
柳橋中央市場の朝は早い。たぶん早いと思う。早いんじゃないかな。ま、ちょっと覚悟はしておけ。

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